CIA長官の訪ロは「外交の機能不全」のサインか ウクライナでの戦術核リスクとトランプ政権の危うさ
米中央情報局(CIA)のジョン・ラトクリフ長官が8月25日、モスクワを訪問しました。ロシア対外情報庁(SVR)のセルゲイ・ナルイシキン長官は8月27日、ラトクリフ氏とモスクワで実務レベルの会合を行ったと認めました。会談内容の詳細は公表されていませんが、米欧メディアは匿名関係者の話として、ラトクリフ氏がロシアに対し、北大西洋条約機構(NATO)加盟国への攻撃や挑発的行動を控えるよう警告し、イランへの軍事・経済支援を抑えるよう求めたと伝えています。米メディア・アクシオスは、米国、ロシア、ウクライナの3首脳会談を提案したとも報じました。トランプ米大統領は、今回の訪問を「半ば定例的」なものと説明しつつ、ウクライナ戦争の終結に向けた取り組みの一環だとも述べました。

主要7カ国首脳会議の閉幕後に記者会見に臨むアメリカのトランプ大統領=2026年6月17日、フランス・エビアン、坂本進撮影
直行便を避けた異例の航路
私も詳しい情報を知る立場にありませんが、二つの面で非常に危機的な状況にあるのではないかと考えます。第1はラトクリフ氏のモスクワ訪問までの行程です。動き方を子細にみると、通常の外交日程とは異なる切迫感がうかがえます。公開された飛行追跡情報や報道によれば、ラトクリフ氏を乗せたとみられる米軍のC-17A輸送機は、ワシントン近郊のアンドルーズ統合基地を出発し、ラトビアのリーガを経由してモスクワに向かいました。ワシントンからモスクワへ直行していたとすれば、飛行時間は9時間半から10時間程度です。
しかし、同機はモスクワから約840キロ離れたリーガにいったん入った後、モスクワに向かったとされています。なぜ直行しなかったのでしょうか。米国はこの訪問に先立ち、ウクライナに対し、モスクワやサンクトペテルブルク周辺などへの長距離攻撃を一時的に控えるよう求めたと報じられています。ロシア側にも米高官搭乗機の飛行について何らかの情報が共有された可能性はありますが、詳細は確認されていません。もともと、情報機関トップはその行動に隠密性が求められます。同盟国とはいえ、第三国のラトビアを経由したこと自体、慎重な調整を必要とする事情があったことをうかがわせます。逆に言えば、そうした調整を急がざるを得ないほど、状況が切迫していたのでしょう。
第2に、今回訪問したのがルビオ国務長官ではなく、情報機関トップのラトクリフ氏だったという点です。情報機関トップによる外交で思い出すのが2014年11月、クラッパー国家情報長官による訪朝でした。この時は北朝鮮が拘束していた米国人2人の解放が目的でした。当時のオバマ政権は、非核化交渉に応じず、核実験や弾道ミサイル発射を続ける北朝鮮とは外交せず、制裁による圧力を選択していました。ラトクリフ氏の訪ロは、外交を選択しないというよりも、「外交が機能していない」という印象を与えます。あるいは、「ラトクリフ氏なら、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏も面会するのではないか」という期待があったのかもしれません。いずれにしても、こちらも「切迫した危機的状況」を感じさせます。
「危機的状況」として、最近、欧米の専門家やメディアが挙げているのが、ロシアによるウクライナへの低出力の戦術核兵器の使用リスクと、NATOの結束を乱すためのバルト3国などへの限定的な武力行使、サイバー攻撃、破壊工作といった行動です。ただ、ラトクリフ氏の訪問をめぐる一連の報道からは、米側が特にNATO加盟国へのエスカレーションを警戒していたことがうかがえます。もちろん、ミサイルやドローン(無人機)攻撃、あるいは通常戦の水準に達しない「グレーゾーン」の行動を念頭に置いていた可能性もあります。
権威失墜のプーチンに残された「道」
では、なぜ「危機的状況」が生まれているのでしょうか。