ICCの破壊もくろむトランプ政権の「2つの思惑」 赤根所長への制裁と水泡に帰した日本の水面下外交

トランプ政権がICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長らに制裁を発動しました。戦後の国際司法を主導した米国の歴史を否定する暴挙です。ICC破壊をもくろむトランプ氏の「2つの思惑」と、大国の矛盾に迫ります。
牧野愛博 2026.08.19
読者限定

米国のトランプ政権が18日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長らを制裁対象にすると発表しました。ルビオ国務長官は18日の声明で、ICCを「腐敗し、致命的に政治化した超国家的裁判所」と決めつけました。私が外務省当局者や海外専門家から聞いている限り、トランプ政権の動きには二つの思惑があるようです。同時に、ニュルンベルク裁判や東京裁判を主導してきた米国の戦後の役割を自己否定する暴挙だと言えます。

講演会で話す国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長=2026年7月27日、大阪市北区、仙道洸撮影

講演会で話す国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長=2026年7月27日、大阪市北区、仙道洸撮影

オランダ・ハーグに本部を置くICCは2002年に設立されました。戦争犯罪などを追及して「法の支配」を守る国際司法機関です。赤根氏は日本で長年検察官を務めた後の2018年、ICCの判事に就任。2024年に日本人として初めての所長になりました。

東京裁判を生んだ米国が、自ら作った「法の支配」を壊す

比較的新しい歴史を持つICCですが、源流は第2次世界大戦の戦犯らを裁いたニュルンベルク裁判や東京裁判にあります。ニュルンベルク裁判は、「侵略戦争、戦争犯罪、人道に対する罪は国際法上の犯罪」などとする「ニュルンベルク原則」を生み、現代の国際刑事法の基礎を築きました。

ニュルンベルク裁判や東京裁判は問題も抱えていました。専門家らから「戦争犯罪」という定義を戦後につくったことで、「犯罪の後に作った法律を適用するのは、不遡及の原則に反する」「連合国軍による無差別爆撃や原爆投下を裁いていない(勝者の裁判)」などの指摘が出ました。

しかし、ニュルンベルク原則はその後、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所、ルワンダ国際刑事裁判所を経てICCに引き継がれました。背景には、ニュルンベルクと東京の両裁判を牽引した米国の働きと、国際刑事司法に共鳴する努力がありました。

米国が恐れた「対テロ戦争」での拷問と秘密刑務所

ただ、外務省幹部によれば、2002年にICCが設立された際、米国は当初加盟に前向きでしたが、結局見送りました。幹部は「当時、ちょうどアフガニスタンでの戦闘が続いていたことが影響した」と語ります。米国務省元幹部も「米国は対テロ戦争で海外での秘密刑務所の設置、広く拷問とみなされる技術を用いた秘密尋問など、数多くの秘密の措置を取った。もしICCが戦争犯罪や人道に対する罪として起訴した場合、こうした行為を正当化するのは難しいだろう」と語ります。

ただ、米国の歴代政権は、ICCに加盟しないものの、ICCの趣旨に賛成し、積極的に支援しました。それは、米国こそ、ICCの源流をつくったという歴史的な流れとの整合性と、「法の支配」「民主主義」を掲げる世界のリーダーとしての自負があったからです。

自身の「逮捕の恐怖」と欧州への憎悪

この記事は無料で続きを読めます

続きは、1461文字あります。
  • 牧野愛博(まきの・よしひろ)

すでに登録された方はこちら

読者限定
中国「完勝」でハシゴを外された日本 対話を「売国奴」と罵る世論は悲劇を...
読者限定
日韓両国に「都合良く」消費された洪思翊将軍 80回忌に日韓首脳の行動と...
読者限定
トランプ氏とヘグセス長官が米軍を破壊する 「無能な管理」と「優秀さへの...
サポートメンバー限定
泣く金正恩氏の横で無表情だった娘ジュエ氏 北朝鮮のロイヤルファミリーが...
サポートメンバー限定
トランプ氏が平壌で核を黙認する日 ソ連と北朝鮮を知る研究者との会話で見...
読者限定
CIA長官の訪ロは「外交の機能不全」のサインか ウクライナでの戦術核リ...
読者限定
トランプ氏の虚栄心と無知が米艦隊を崩壊させる 米空母の過酷な実態と乗員...
読者限定
イランでの失敗を北朝鮮で埋めるトランプ氏 「米朝国交正常化」という悪夢...