イスラエルがイラン要人を次々暗殺できた理由 諜報機関モサドの実像と実力とは

イランの精鋭部隊の総司令官らが次々と殺害されたイスラエルによる精密攻撃。難しいターゲットの暗殺に成功した背景にはモサドの諜報と工作員、協力者の存在があったようです。世界最強の諜報機関とも言われるモサドの実像を、その実力を知る人たちへの取材から読み解きます。
牧野愛博(朝日新聞専門記者) 2025.06.22
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イスラエルは13日のイランの首都テヘランなどへの空爆で、精鋭部隊・イスラム革命防衛隊の総司令官や軍事部門トップの参謀総長、核開発の科学者らを相次いで殺害しました。イスラエルの事情に詳しい関係者は「(イスラエルの対外諜報機関)モサドなくして、今回のようなピンポイントの攻撃は不可能だった」と語ります。

暗殺のターゲットとなる要人が空爆の瞬間、どこにいるのか。外部からの攻撃にどの程度耐えられる場所に潜んでいるのか。

そういった点をイスラエルが正確に把握していたからです。第3国の元情報機関員はモサドの実力について「情報収集能力や暗殺能力といった技術は、米中央情報局(CIA)に引けを取らない」と語ります。

ベールに包まれたモサド

モサドはイスラエル建国から間もない1949年に創設されました。詳しい要員数や組織図などはわかっていません。日本に出張で訪れたモサド要員と東京で面会した日本政府の元当局者は「米国が何を考えているのか」「日本でのアラブ勢力の活動状況」などについて質問を受けたそうです。この元当局者は「彼らは外部との接触を許された、主に情報分析部門の担当者たち」と語ります。イスラエルの商都テルアビブでは、イスラエルに駐在する各国のインテリジェンス関係者を招いたパーティーもたびたび開かれているそうです。イスラエルに駐在した日本の元外交官は、そういったパーティーも「ネットワークづくりの一環だったのだろう」と指摘します。

一方、容易に表に出てこないのが、暗殺やテロなどを行う工作部門の要員たちです。彼らは何をしているのでしょうか。別の日本政府元当局者が「参考になる」と言って勧めてくれたのが、米映画「ミュンヘン」(スティーブン・スピルバーグ監督)でした。1972年のミュンヘン五輪の際、テロ組織「黒い9月」がイスラエル選手ら11人を殺害しました。イスラエルは復讐を誓い、モサド要員がパレスチナの要人を次々に暗殺していくという物語です。モサドは実際に、1960年5月、アルゼンチンに潜んでいたナチス・ドイツの戦犯アドルフ・アイヒマンを逮捕し、イスラエルに連行したこともあります。イスラエルは今回、イランの最高指導者ハメネイ師の殺害も示唆しています。トランプ米大統領も17日、SNSに「いわゆる『最高指導者』がどこに隠れているか、我々は正確に把握している。彼を狙うのは簡単だが、その場所では安全だ。少なくともいまのところ我々は彼を排除(殺害!)するつもりはない」と投稿しました。

イランの最高指導者ハメネイ師=2024年6月28日、テヘラン、佐藤達弥撮影

イランの最高指導者ハメネイ師=2024年6月28日、テヘラン、佐藤達弥撮影

工作員に「必要」とされること

モサドの実力を知る前述の元情報機関員は、工作活動の前提として「まず、自分の正体を隠すことが必要になる」と語ります。工作活動は当然、舞台になる国の主権を侵害します。今回の場合、イランがモサド工作員の存在を知っていれば、監視や逮捕される危険が高まりますし、そもそも入国を拒まれるでしょう。

昔の映画には、本物のパスポートに写真だけを張り替えたり、自分がパスポート上の人物に変装したりするシーンが出てきます。でも、現代のパスポートには通常、ICチップが搭載されています。現代のパスポートと顔認証システムは「一卵性双生児の顔の違いも99.9%まで見破る」(日本政府当局者)とされています。

そこで、工作員たちは何年もかけて、例えば「商社員」などに身分を偽装します。イスラエルには本物の本社もあり、そこで働いた実績を作るといった具合です。潜入先(今回の場合はイラン)でも、商社員として日常の業務をこなす傍ら、工作員としての仕事に携わるということが想定されるそうです。基本的に外部との連絡は直接の接触に絞り、インターネットやスマホなどは工作活動には極力使わないとのことです。

また、外交官特権として身分が保証される利点を生かし、大使館員として派遣されるケースもあります。その場合は当然、滞在国による監視の対象になります。大使館の現地職員にも見張られている可能性が高いでしょう。日本の元情報当局者は「工作員と接触する必要が出る場合、例えば食事に出るふりをして大使館の車で出かける。レストランの裏口から出てタクシーを拾い、何度か乗り換えて接触地点に向かう。これはどこの国でもやっている」と語ります。

居場所など割り出せたのは何故か?

ただし、工作員が何でも一人でできるわけではありません。今回のイラン要人の暗殺劇について、モサドを知る知人たちは皆、「必ず、現地の協力者がいたはずだ」と語ります。

モサドはどのようにして現地協力者を獲得するのか?そして、どのように信頼関係をつくるのでしょうか。関係者の証言から見えてくるものを紹介しています。

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  • 牧野愛博(まきの・よしひろ)

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