「金正恩氏が最も恐れる敵」はどこにいる? イランへの「ミッドナイト・ハンマー」と北朝鮮

イランの要人が次々とイスラエルによって暗殺されました。同じようなことは北朝鮮で起きるのでしょうか。いわゆる「斬首作戦」は実行可能なのか、最近の金正恩総書記の動静などを分析して考えます。
牧野愛博 2025.07.13
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米国によるイランの核施設に対する攻撃「ミッドナイト・ハンマー作戦」は世界を驚かせました。攻撃の正統性や成果を巡って評価が分かれていますが、米軍による戦略爆撃能力の水準の高さを改めて世界に知らしめた作戦だったと思います。

米軍による核施設の攻撃で思い浮かぶのが、1994年に当時のクリントン米政権が検討した北朝鮮・寧辺核関連施設に対する精密爆撃(サージカル・ストライク)です。北朝鮮は寧辺の5メガワット原子炉を稼働させ、使用済み燃料棒から兵器用プルトニウムを抽出していました。北朝鮮が初の核実験に踏み切ったのは12年後の2006年10月ですから、核開発はまだ初期段階にあったと言えます。

当時の米政府高官らへのインタビューによれば、クリントン政権は爆撃によって北朝鮮の核開発に深刻な打撃を与えられると判断していましたが、同時に北朝鮮が反撃に出た場合、膨大な数の犠牲者と損害が生まれる可能性があると分析。韓国の金泳三大統領(当時)も爆撃に強く反対しました。クリントン政権が逡巡している間に、カーター元大統領が訪朝して金日成主席と会談。緊張緩和が実現して爆撃は実施されませんでした。

北朝鮮は反撃したか?

私は、米国が攻撃に踏み切っても北朝鮮は反撃しなかったと思いますし、同時に核開発も止められなかったと考えます。北朝鮮が核開発に踏み切ったのは、独裁体制を維持するためです。朝鮮戦争で米軍の力を思い知らされた北朝鮮は、核兵器こそ体制を維持する最終最大の手段と考えました。核兵器を容易に放棄しませんが、同時に体制が崩壊しては元も子もありません。実際、南北軍事境界線近くの板門店で1976年に米兵が北朝鮮兵士に殺害されたポプラ事件や、2015年に軍事境界線近くで木箱地雷が爆発した事件では、米軍や韓国軍が強硬な姿勢を見せると、北朝鮮は強気の姿勢を一転させて謝罪しました。

また、米政府当局者らによれば、「パキスタンの原爆の父」として知られるA・Q・カーン博士が1993年末にベナジール・ブット首相と訪朝。北朝鮮に、ウラン型核開発に必要な遠心分離機のサンプルと設計図を渡しました。寧辺爆撃が検討された頃、北朝鮮は秘密裏にウラン型核開発に着手していました。北朝鮮としては、寧辺の原子炉が破壊されても、ウラン開発の手段が残されているため、表面的に強く反発はしたでしょうが、あえて緊張は高めず、そのままウラン開発を続けたと思います。

そして米軍による寧辺爆撃の検討から31年が過ぎ、北朝鮮の核能力は大きく成長しました。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、北朝鮮が保有する核弾頭は2025年1月時点で少なくとも50発に上ります。韓国政府が過去、北朝鮮の核開発関係者から極秘の聞き取りを行った結果によれば、北朝鮮は山脈の地下だけではなく、海底の地下にも核兵器の貯蔵庫を設けているそうです。この関係者は聞き取りに対し、「貯蔵庫までのルートは迷路のようで、当事者でも一度に覚えきれないほどだ」と証言したそうです。米軍がいかに高度な爆撃能力を持っていても、一度に破壊できる限界をとうに超えていると言えます。

ただ、金正恩総書記はイランへの「ミッドナイト・ハンマー作戦」のニュースを見ながら、きっと別のことを考えたでしょう。

金正恩氏もイランと同じ運命に?

今回、イランはイスラム革命防衛隊の幹部や核開発の科学者らが多数、イスラエルによって殺害されました。イスラエルの対外諜報機関「モサド」が、暗殺対象者の位置を正確に把握し、軍の高度な攻撃能力と連携した結果だと言われています。米韓連合軍も従来、「斬首作戦」と呼ばれる、北朝鮮要人の殺害・拉致についての演習を行っています。金正恩氏も暗殺されたイラン要人たちと同じ運命をたどるのでしょうか。

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  • 牧野愛博(まきの・よしひろ)

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