米国の政策と安全保障の変化、非常に苦しい立場の韓国 日本との協力について尋ねると
韓国の大統領選が3日に投開票され、進歩(革新)系最大野党「共に民主党」の李在明(イジェミョン)氏が当選しました。今回の選挙は尹錫悦(ユンソンニョル)前大統領が、昨年12月に宣布した非常戒厳の是非や経済問題に焦点があたり、外交や安全保障にほとんど焦点があたりませんでした。しかし、私がソウルで面会した韓国政府や軍関係者、外交団、専門家の話を総合すると、韓国を巡る安全保障環境はこれまでにないほど急速に悪化していることがわかりました。

韓国大統領選で当選確実が報じられ、勝利演説後、支持者の歓声に手を挙げて応える李在明氏=2025年6月4日、ソウル、河野光汰撮影
安保環境の悪化の第1の原因は、米国のインド太平洋戦略の変化です。朝鮮戦争が休戦に至った1953年、韓国に展開していた米軍はそのまま駐屯地をつくり、在韓米軍として残りました。朝鮮戦争での勲功をたたえ、在韓米軍司令官には4スターが与えられました。在日米軍司令官の3スターよりも格上の扱いです。今、その在韓米軍の再編がうわさされています。
韓国の地政学的な意味
ブランソン在韓米軍司令官は5月15日、「在韓米軍の役割は北朝鮮の撃退だけに焦点を当てていない」と強調。韓国の地政学的な意味について「日本と中国本土の間に浮かぶ固定された空母」と表現しました。コルビー国防次官は就任前、朝鮮半島有事の対応は韓国軍に任せたい考えを繰り返し明らかにしていました。
在韓米軍は陸軍主体の兵力で、「それ自体、北朝鮮軍を阻止するうえで大きな力にはならない」(韓国軍関係者)ものの、在韓米軍が韓国に存在することで、米軍は第7艦隊や在日米軍から増援兵力を送らなければならない状況を作り出します。在韓米軍が、触ると自動的に爆発する仕掛けを意味する「トリップワイヤ」と言われるゆえんです。
北朝鮮軍が弾道ミサイル開発を続けているのも、米軍の増援を牽制したい思惑があるからです。在韓米軍が海空主体の中国の脅威に対する軍隊に変化すれば、朝鮮半島有事の際に米増援軍が半島の外から駆け付ける可能性も小さくなります。
米紙ウォールストリート・ジャーナルは5月末、米政府が現在2万8500人の在韓米軍のうち、4500人を削減してグアムなどインド太平洋地域の別の場所に配置すると報じました。第1次トランプ政権で米韓関係に携わった米政府元高官は「在韓米軍の削減は北朝鮮と中国を喜ばせるだけだ。ただ、在韓米軍を台湾有事にも転用できる海空主体の部隊に再編する可能性は高い」と語ります。
また、コルビー氏は就任前、米国の韓国に対する「核の傘」を含む、拡大抑止力の効果を疑問視する考えを示していました。米国防総省は8月末までに「国家防衛戦略(NDS)」をまとめる方針ですが、核戦力を含む軍事力で韓国を防衛する「拡大抑止」の強化を確認した米韓ワシントン宣言(23年4月)の見直しや在韓米軍の再編が盛り込まれる可能性があります。
兵力を増強する北朝鮮、指揮権は韓国に?
さらに、米韓両国は朝鮮半島有事の際、在韓米軍司令官が持っている米韓連合軍に対する作戦統制権(指揮権)を、韓国軍に移管する方向で協議しています。移管された場合、司令官が韓国軍人、副司令官が米軍人に変わります。韓国軍関係者は「米国は衛星や無人機など、情報資産などで韓国を圧倒している。韓国軍人が司令官になっても、十分な指揮ができないし、逆に副司令官なって責任が減った米軍は情報を出し渋るかもしれない」と語ります。客観的にみて、移管できる状態ではなさそうですが、李在明氏を支持する韓国の進歩勢力は、独立国家として指揮権の返還を求める声が比較的強く、今後の行方は予断を許しません。
一方、北朝鮮軍は兵力を着実に増強しています。北朝鮮は最近、ロシア製大型機にレーダードームを載せた早期警戒機や駆逐艦、新型戦車などを次々に公開しています。部品や燃料不足でほとんど姿を見せていなかったロシア製戦闘機ミグ29による演習も再開しました。特殊作戦区分隊や砲兵部隊による戦闘訓練も実施しています。韓国軍関係者は北朝鮮軍の最近の演習について「無人機(ドローン)や迫撃砲、戦闘ヘリなどを組み合わせた総合訓練を実施している。明らかにウクライナ軍と戦った戦訓を生かしている」と語ります。この関係者は駆逐艦の建造について「北朝鮮の防衛にも役立つが、ロシア・中国両軍との合同軍事演習を行う準備の一環とみることもできる」と話します。北朝鮮とロシアは19日、包括的戦略パートナーシップ条約の締結から1周年を迎えますが、両国の軍事協力は今後も続いていくでしょう。
こうしたなか、韓国軍は非常に苦しい立場に置かれています。
状況打開のために韓国で今叫ばれている方策は、いずれも国際社会の反発が予想されたり、莫大な費用がかかったりするそうです。そこに日本が果たせる役割、韓国民の心情の複雑さが入り交じる構図を取材で解き明かします。