韓国の権力社会で今も占いが力を持つ理由とは

朝日新聞の牧野愛博専門記者による解説コラムです。安全保障や国際問題など幅広いテーマで定期的に配信します。
牧野愛博(朝日新聞専門記者) 2025.01.19
誰でも

大統領拘束に揺れる韓国

 韓国で今、尹錫悦大統領が出した非常戒厳(戒厳令)を巡って大きな騒ぎが続いています。1月15日には尹大統領が拘束されました。私も年末から年始にかけ、ソウルに出かけました。数十人の知人と会いましたが、皆さん、ものすごく驚いていました。皆さんが戒厳令を巡る騒ぎを語るなか、話題は様々な方向に飛びました。そのなかで、私が興味をそそられたお話をいくつかご紹介しようと思います。そのひとつが、占いです。

 知人たちは「尹大統領の妻、金建希氏は占い好きだ」と口をそろえます。真偽は不明ですが、尹氏との結婚や、尹氏の大統領選出馬などを巡り、金氏が占いを参考にしたという話が出回っています。尹夫妻と親交があり、昨年11月、収賄などの容疑で拘束された政治コンサルタントも占い師の一面も持っていたそうです。尹大統領自身、複数の占い師と付き合いがあったことを認めています。戒厳令に関与していたとして拘束された韓国陸軍の元情報司令官は、軍を辞めた後は、占い師をしていました。知人の一人は「韓国の権力社会に、こんなに占いが影響力を持っていると知って愕然とした」と話していました。かつて、レーガン元米大統領の妻、ナンシーさんが星占いに凝っていたことは有名ですが、デジタル全盛の時代になってもなお、韓国では占いが力を持っているようです。

韓国の尹錫悦大統領(右)と妻の金建希さん=2023年3月

韓国の尹錫悦大統領(右)と妻の金建希さん=2023年3月

占いにすがる人たち

 元外交官の知人の周囲にも、占いにすがる同僚が大勢いるそうです。同僚の一人は外交官試験に何度も失敗した後、占い師に「受験を続けるか否か」を尋ね、「次は合格するから、あきらめずに受験しなさい」と言われ、見事合格したそうです。また、別の同僚は、在外公館勤務が近づいてきたころ、占い師のところに行って、「どの方角に行くべきか」という助言をもらい、その方向にある在外公館への転勤を希望しました。

 別の大学教授の知人によれば、ソウルには占い師たちが集中して住んでいる場所(城北区敦岩洞)もあるそうですが、それは「観光用」だと言います。知人は「本当に実力のあるチョムジェンイ(占い師のことを韓国語でこう呼びます)は、すべて口コミ。自分で広告を出すことはしない」と話します。その方が、神秘性がより高まり、商品価値があがるからです。見料も説明しません。知人いわく「10万ウォン(約1万円)なら10万ウォン分だけ、1千万ウォン(約100万円)なら1千万ウォンにふさわしい内容を教えるから」だそうです。先祖の霊や守護霊を呼び出して語るムーダン(巫女)、占星術師、中国に発祥した干支暦をもとに年と月と日の干支を出して、人の運命を占う算命術師、儒教の影響を受けつつ、先祖との因果を中心に占う明理学など、様々な占い師がいるようです。

「特に貪欲な政治家が…」 様々な説明と多数説

 では、なぜ、韓国社会でこれほど占いが力を持つのでしょうか。知人たちの説明は様々です。知人の一人は「朝鮮王朝以来の伝統」だと語ります。朝鮮王朝では、王宮に専門の占い師がいて、「いつ行事を開くべきか」「どの方角に施設を構えるべきか」「男児を宿すためには、いつ閨房で秘め事をいたすべきか」などを占っていたそうです。確かに、北朝鮮でも占い師がこっそりと営業しているという話を、北朝鮮関係者から聞いたこともあります。

 「特に貪欲な政治家が占いを好む」と語る知人もいます。この知人が知る政治家は占い師を訪ね歩き、ついに「あなたは大統領になれる」と語ってくれる占い師に出会ったそうです。この話を、補佐官や秘書官たちを通じ、周囲に拡散させたそうです。私が「それで大統領になれるわけでもないのに、なぜ」と尋ねると、「周囲の視線が変わるかもしれない。少しでも大統領になる可能性を高くしたいからだろう」という話でした。まさに「貪欲」そのものです。

尹錫悦大統領の公邸近くで、尹氏の拘束を求める人ら=2025年1月5日、ソウル

尹錫悦大統領の公邸近くで、尹氏の拘束を求める人ら=2025年1月5日、ソウル

 知人たちの「解説」の多数説で、もっとも説得力があったのは、「生きづらい世の中だから」というものでした。ご存じの方も多いと思いますが、韓国は猛烈な競争社会です。乳幼児のころから塾に通います。小学生以上の児童・生徒は学校から塾に直行するため、自宅で夕食をとる子はほとんどいません。大学に入っても良い企業に入るために「スペック」と呼ぶ語学や企業体験を欠かしません。知人の一人は「こんな世の中はおかしい。一握りの勝者を生み出すために大量の敗者を生産し続けている」と語っていました。心が折れかかったとき、実力だけではどうしようもないとき、人々は何かにすがろうとします。その一つが占いなのでしょう。韓国で宗教を信じる人が多いのもその一つではないかと思います。

牧野愛博(まきの・よしひろ)

朝日新聞国際報道部専門記者。商船会社勤務を経て朝日新聞入社。政治部、ソウル支局長、編集委員などを経験。著書に「金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日」など

 私が新聞記者になって33年余りになります。新聞は特ダネを重視する傾向があるほか、限られた紙面なのでお伝えできる分量に限りがあります。外交や安全保障には、何かしら硬いイメージもつきまといます。皆様に関心を持っていただける切り口を探して、自分なりの解釈も加えてお届けしたいと思います。

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※牧野記者による朝日新聞デジタルの連載は以下のリンクから読むことが出来ます。

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