日本が原子力潜水艦を保有する日は来るのか? 廃絶論VS抑止論を超えた議論が必要な時代が到来も
トランプ米大統領は10月30日、韓国の原子力潜水艦建造を認める考えを示しました。韓国では「30年来の宿願」(朝鮮日報)だったとして、おおむね歓迎する声が上がっています。このほか最近、日本やオーストラリア、北朝鮮といった国でも原子力潜水艦の保有に向けた動きが出ています。インド太平洋地域の安全保障環境が悪化している証拠だと言えますが、果たしてこの4カ国は原潜を保有するに至るのでしょうか。
防衛省が設けた「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」は9月、原子力潜水艦を念頭に「次世代の動力」を活用した潜水艦の導入検討を提言しました。海上自衛隊の潜水艦はやしお艦長を務めた伊藤俊幸元海将(金沢工業大学虎ノ門大学院教授)によれば、会議では「原潜」という言葉も出ていたそうです。ただ、2011年3月の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故から、日本国内で「反核アレルギー」が更に強まったと判断し、「次世代の動力」という表現にとどまったそうです。
伊藤俊幸元海将=本人提供
一方、豪州の首都・キャンベラ。国会議事堂のそばにオーストラリア戦争記念館があります。日豪関係筋によれば、この記念館には、1971年6月に作成された「Anti-submarine warfare in the 1980’s(1980年代の対潜水艦戦)」と題した文書が眠っています。この文書は、冷戦終結という時間の経過によって秘密指定が解除されました。文書には、いたるところに「secret covering US/UK/AUS/CAN/N.Z. eyes only」「joint intelligence organization(JIO=合同情報組織)」などのスタンプが押してあります。同じ英語圏の米、英、豪、カナダ、ニュージーランドの5カ国が参加する秘密情報ネットワーク「ファイブアイズ」で共有された文書のようです。そこには日本に関する記述もあります。「JIOの分析によれば、日本がおそらく1980年までに少なくとも1隻の原子力潜水艦の運用を始めるだろう」と書かれているそうです。
原潜保有、真剣議論の必要性?
ご存じの通り、海上自衛隊は現在まで原潜を保有していません。「世界で唯一の被爆国」であることや、1970年代に日本初の原子力船「むつ」の放射能漏れ事故を巡り、原子力船に対する強い反対の声が上がったことなどが影響したと思われます。
しかし、伊藤氏は「中国海軍の行動範囲が海自の予想を超える勢いでどんどん広がっている今、日本も原潜の保有を真剣に検討しなければならない時代になりました」と語ります。今年6月には中国空母「遼寧」と「山東」の2隻が、九州から沖縄、台湾などを経て南シナ海を囲むように延びる第1列島線を越え、初めて同じ時期に太平洋に進出しました。その後、遼寧は、小笠原諸島からグアム、パラオを経てパプアニューギニアに向けて延びる第2列島線を初めて越えました。伊藤氏は「中国空母を抑止できるのは、航空機と潜水艦しかありません」と語ります。
伊藤氏が語る原潜とは、核ミサイルを積んだ戦略原潜ではなく、原子炉を動力とした攻撃型原潜を指します。原潜なら水中速度30ノット(時速約55キロ)以上の高速で何の制限もなく長時間連続航走できます。これに対し、海自が保有する通常型潜水艦は、水中速度20ノット(時速約37キロ)程度で、リチウム電池に充電するため、たびたび海面の上にシュノーケル(吸気筒)を出してディーゼル発電機を使う必要があります。現代戦では、わずかな時間でも海面上にシュノーケルを出せば、たちまち発見されてしまいます。通常型潜水艦では空母を長時間追尾することに限界があるうえ、敵が発射した魚雷から逃げ切るのにも限界を伴います。
日本に原潜は必要なのか?
では、果たして日本が原潜を保有する日は来るでしょうか。