尹錫悦大統領の周辺だけ止まっていた時間 韓国社会と酒

尹大統領と酒を交わしたことがある人物らへの取材を通じて、韓国社会と酒について解説します。尹大統領の酒席での様子とは?
牧野愛博(朝日新聞専門記者) 2025.01.26
誰でも

爆弾酒で打ち解けた場の雰囲気

私は年末から年始にかけ、ソウルで約50人の知人と面会しました。政府高官、国会議員、軍人、元閣僚、財界人、メディア関係者、外交団、サラリーマン、学者など様々な人々です。毎日、食事も一緒に取りました。野党の共に民主党の議員3人と夕食を共にしたとき、先方が「何を飲みますか」と聞いてきたので、私が「じゃあ、ソメ(焼酎=ソジュとビール=メクチュを混ぜた爆弾酒のことです)をお願いします」と言うと、3人は皆、うれしそうな表情になり、一気に座が打ち解けました。

「あなたはお客さんだから」と、一番若い議員が「爆弾酒製造係」を名乗り出ました。まず、ショットグラスに半分くらい、度数15度くらいの焼酎を入れます。次に、やはりビールグラスの3分の1ほどにビールを注ぎ、そこにショットグラスに入れた焼酎を投下して完成です。4人でそれぞれ、7~8杯飲んだでしょうか。議員たちは「戒厳令(非常戒厳)の夜」や「尹錫悦大統領弾劾決議の夜」、「李在明党代表の人となり」などを詳しく語ってくれました。

韓国の飲食店の風景。メクチュチャン(ビール用グラス)とソジュチャン(焼酎用のショットグラス)

韓国の飲食店の風景。メクチュチャン(ビール用グラス)とソジュチャン(焼酎用のショットグラス)

昔は「マスコミ」「軍」「検察」が、爆弾酒が好きな三大職場と言われていました。今回面会した、元陸軍大将に「忠誠酒(チュンソンジュ)って本当にあるんですか」と聞くと、元大将はいたずらっぽく、「本当だよ」と言って、「製造方法」を教えてくれました。まず、ビールを入れたグラスのうえにチョッカラ(はし)2本を渡して、その上に焼酎を入れたショットグラスを置く。次に、階級が下の軍人が上級者に向かって「忠誠(チュンソン)!」と叫びながら、グラスが置かれた机に頭突きする。ショットグラスがビールグラスの中に落ちて、「忠誠酒」の完成というわけです。

でも、韓国で爆弾酒を酌み交わす風景は徐々に過去のものになりつつあります。知り合いの韓国外交省の課長は「うちの職場で男は俺だけ。食事会は大体、ワインかビール。もちろん、2次会厳禁。爆弾酒なんか強要したら、パワハラって言われちゃうよ」と苦笑していました。20年くらい前までは、外務省の課長が「今日は酒でも飲むかな」とつぶやくと、課員は慌てて外に飛び出したそうです。自分の夜の約束をキャンセルするためです。しかし、今の外交省では、そんな誘い方は厳禁です。予定がある人は、はっきり、「予定があります」と言って断るのが当たり前になっています。

尹大統領のお酒の飲み方は?

ところが、、1月19日に内乱罪の疑いなどで逮捕された尹錫悦大統領の周囲だけは、そうではなかったようです。今回、尹氏と酒を飲んだことがある人などからも話を聞きました。尹氏は野党との政治闘争にストレスをため込んでいて、よく大統領府の職員や閣僚たちを酒席に誘っていたそうです。誘われた人のなかで、「今日は予定があります」と断る人は、一人もいませんでした。韓国の大統領は「王様と皇帝を足したような権力を持っている」とも言われます。逆に、自分を売り込むチャンスとばかりに「大統領からのお誘い」を待っていた人もいたそうです。

そして、お酒は「爆弾酒」一択です。私の場合、先ほど申し上げたように、ビールグラス半量くらいの爆弾酒を7~8杯が適量です。しかし、尹氏と会食した元閣僚によれば、尹氏は焼酎をショットグラスになみなみと注ぎ、ビールと混ぜ合わせます。ビールグラスいっぱいに注がれた爆弾酒を平均、20杯ほど飲んだそうです。元閣僚は「いつも、最後の方はフラフラになった」と話してくれました。尹氏は昨年春くらいから、酒席で「戒厳令」と口走り始めたそうです。元閣僚は「ストレスがたまったうえでの冗談だと思っていた」と話していました。

尹錫悦大統領=韓国大統領府のホームページから

尹錫悦大統領=韓国大統領府のホームページから

尹氏は別に「酒ハラスメント」をする気はなかったそうです。絡んだり、暴力をふるったりするようなお酒でもなかったそうです。でも、尹氏の酒の誘い方や飲み方を見ていると、他人の意見を聞かない人となりの一端を表しているようです。実際、日韓関係の急激な改善による韓国世論の反発を心配する声や、極右系ユーチューブチャンネルにのめり込む尹氏に懸念を示す声が、酒席でも出ていたそうです。でも、そのたびに、尹氏は大声を出して打ち消すばかりで、意見に耳を貸そうとはしなかったと言います。

 尹氏がもう少し、現代韓国社会の空気に合わせることができたら、今回のような悲劇は起こらなかったのではないか、とも考えてしまいます。

牧野愛博(まきの・よしひろ)

朝日新聞国際報道部専門記者。商船会社勤務を経て朝日新聞入社。政治部、ソウル支局長、編集委員などを経験。著書に「金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日」など

※朝日新聞デジタルでは牧野記者による多角的なインタビュー、解説記事も読めます。以下のリンクなどからどうぞ。

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